攻城塔(こうじょうとう)は、古代から中世にかけて用いられた攻城兵器。攻城櫓(こうじょうやぐら)とも呼ばれる。
木造の移動式やぐらで、城壁に板を渡して兵士を城内に乗り込ませ、また最上階に配置した射手により城壁上の敵を制圧するのが目的である。 古代から地中海世界・西アジア・中央アジア・中国の諸文明、中世ヨーロッパや戦国時代の日本など、極めて広範囲に普及した。
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多くはその場で集めた木材で建てられ、梯子または階段を備え、城壁に乗り移るための渡り板を備えた階の他に、射手のための足場または床板があった。火矢などで焼かれぬように、直前に剥いだ荷役獣などの生皮を前面や側面に張った。破城槌と組み合わせたものも存在した。攻め込む城壁までの移動には大勢の手で押したり、滑車を併用したりした。したがって短所として進軍速度が大変遅い事、平地以外の高低差の激しい地形、地面が不安定な地形では使用が困難である事が挙げられる。火薬とそれを利用した兵器の発達によって、大砲が優れた攻城兵器として使用されるようになると、攻城塔は次第に使用されなくなっていった。
有名な攻城塔には、ディアドコイ戦争の一つであるロードス包囲戦でマケドニア軍が使用した、中に様々な種類や大きさの弩砲やカタパルトを何段にも装備した巨大な攻城塔ヘレポリス(Helepolis)。ロシアのイヴァン4世がカザニを包囲する際に使用したグーライゴロドなどがある。